カバヤ食品について

ライバルは、
カバヤ食品です。

なにを大切にして、どのような経営判断をしてきたのか。今を知るには、過去を振り返るとよくわかります。歴史のDNAを引き継ぎ、これから新たな挑戦をしかけていきます。ターゲットは、世界。“真の欲求を究めて、ホンモノをカタチにする”という旗印のもと、創業時にあった戦後の日本復興の精神「Give me chocolateからWe have caramel」をカバヤ食品のビジョンとしました。10年かけて、子どもたちに夢と希望を与え、菓子業界を内から変え、日本を代表する会社となる。徹底的なホンモノの追求のはてに、世界一となる。過去をなぞるのではなく、超えていく。ライバルは、これまでのカバヤ食品です。

1946 カバヤ食品 設立 

社名に、日本の願いを込めて

1946年当時、動物のカバには「おとなしく、平和を愛する」というイメージがありました。ときは、終戦直後。平和な社会に貢献する企業として、社名にカバの名をいれ、岡山でカバヤ食品株式会社が誕生しました。

キャラメルで、子どもたちに笑顔を

モノも希望も、あらゆるものが足りない日本。支給品ではなく、日本の会社が作ったもので、日本を元気にしたい。子どもたちに、笑顔と夢を届けたい。第1号商品である「カバヤキャラメル」は、そんな思いから誕生したのです。

1952 2500万冊ぶんの笑顔

子どもたちの宝物になった、カバヤ文庫

カバヤ文庫は、「カバヤキャラメル」の景品として登場しました。第1巻第1号が出たのは、昭和27年8月3日。「シンデレラひめ」「森の中のねむりひめ」「おやゆびこぞう」の3つのお話が収められていました。戦後から時間が流れたとはいえ、まだまだ書籍は入手しづらい時代。子どもたちにとって、文字にふれる貴重な機会となりました。約3年間発行され、総発行部数は、約160種2500万冊。ちなみに、定期刊行物においてハードカバーは贅沢品として認められていませんでしたが、当時の会長は「子どもが大切にする本だからハードカバーです」と譲らなかったそうです。

1953 走れ! カバ子

人々の心を豊かにするためなら、
なんでもやるんだ

この年、ドイツから1頭の動物が来日しました。社名にもなった、カバです。推定1歳の女の子だったため「カバ子」と名付けられました。カバヤキャラメルのキャンペーンとして、「日本中に元気を届けるんだ」という号令のもと、移動動物園として全国を周ったのです。当時、カバは珍しく大勢の人々が集まったといいます。

1960年 インスタント食品、粉末ジュースの製造開始
マスカットキャンデーの製造開始 。「キャンデーで高級フルーツの味を楽しめる」というコンセプトでヒットを記録

1961年 「フィンガーチョコレート」発売

1963 総合菓子メーカーへの、第一歩

ガム、チョコレートの製造開始

1950年代半ばに、大阪工場でチョコレートの製造・販売を開始。1964年には岡山本社工場に本格的なチョコレート製造プラントを導入。ガムの製造もはじまりました。ここから、カバヤ食品は総合菓子メーカーへの道を歩み始めたのです。